まさみつのプロフィール

はじめまして、まさみつです!

この記事では、まさみつが現在なにをやっている人なのか・過去にどんな経験をしてきたのかを詳細に書いています。

U初対面の人にあいさつするときは(時間の余裕があれば)ここに書いてあることをだいたい話しています。)

ではいってみましょう!

現在、大阪在住。シェアハウスで暮らしています。

尾道出身 → 大学進学をきっかけに岡山に約6年間住んでいました。

大阪にやってきたのは、2018年6月。

一人暮らしをするほどお金の余裕が無いんで、家賃の安いシェアハウスに住んでいます。

一軒家をまるまる使ったシェアハウスで、10人で一緒に住んでいます。

ぼくの寝床は二段ベットの下です笑

認定NPO法人 DxPで広報インターンをするため、仕事を辞めて大阪に来ました。

大阪に来た理由は、認定NPO法人 DxPでインターンをするため!

2018年6月3日から広報インターン生として活動をスタートしました。

詳しくはコチラの記事を見てほしいです。

 

「NPO法人でのインターンって仕事を辞めてまですることなの?」

という疑問をお持ちの方はコチラの記事を読んでいただければなんとなくわかるかもしれません。

伝わりづらいかもしれませんが、「仕事を辞めてまでやりたいことをやる理由」を手紙風に書いています。

高校生の時、自殺寸前までいった過去を話します。

(ここからは、まさみつの昔の話をしていきます。)

今では毎日楽しく生きているまさみつですが、高校生の時「もうオレは生きる意味がないから自殺をしよう」と思うくらい追い込まれた時期がありました。

高校生の時の話はちょっと長くなるので、見出しを分けて話していこうと思います。

①:進学校に入学するも「友だちをつくるために努力するのはダサい」と孤立
②:学内模試の結果「学内最下位」で完全に気持ちが折れる
③:「こんなつまらない高校生活、続けていても意味がない」 → 不登校へ
④:不登校が原因で家族関係が悪化 → 学校を辞める(編入)
⑤:「もう、生きている意味ない」 → 自殺を試みるも怖すぎて断念
⑥:そこから高校卒業までの記憶はほとんどない

①:進学校に入学するも「友だちをつくるために努力するのはダサい」と孤立

2010年4月、地元の高校に進学した当時のまさみつ少年は、

「友だちをつくるために努力するのはダサい」

という謎の厨二病を発症。

友だちの輪の中に一切入ろうとせず、ぼっち生活をまっしぐらでした。

 

徐々に友だちのグループができあがっていき、自分の周りに友だちがいないことに気づいたとき

「あ…、やっぱり友だちほしいかも…」

と思ったときにはすでに遅し。

すでに周りのグループはできあがっていて、入学当初から一匹狼を気取っていたぼくが入っていくところなんてありませんでした。

結果、友だちはゼロ。

(今思い返しても、この高校でできた友だちって本当にいませんね)

 

学校に行ってもしゃべらない。

休憩時間は寝てばかり。

テンプレ通りのぼっち生活が始まりました。

(授業もほとんど寝てましたが笑)

②:学内模試の結果「学内最下位」で完全に気持ちが折れる

ぼくが進んだ進学校は、勉強が超厳しい進学校でした。

 

テストで点が取れなければお昼休憩に追試。

お昼休憩の追試で点が取れなければ放課後に更に追試。

土曜日も朝から夕方まで学校。

点が取れなければ夜まで追試。

という感じの勉強地獄。

ぼくはほんとうに勉強ができなかったので、毎日のように追試地獄で休憩時間なんてほとんどなかったですね。

 

そんな中、1年生の秋に行われた学内模試で「学年最下位」を記録しました。

「あ、オレってこの学年で1番バカなんだ」

これがきっかけで完全に自分の心が折れましたね。

③:「こんなつまらない高校生活、続けていても意味がない」 → 不登校へ

学校では、友だちがいないから誰ともしゃべらない。

1人で過ごす高校生活はほんとうに面白くない。

授業はまったくわからない。

休憩時間は全部追試。

 

そんなつまらない毎日を過ごしていると

「こんなつまらない高校生活、続けていても意味がない」

と思いはじめ、すぐに学校に行くのをやめました。

(しかしこの気持ちは、「友だちもいない生活がさみしい。授業についていけないのが苦しい」という気持ちをごまかすための強がりだったなぁ、と思っています)

④:不登校が原因で家族関係が悪化 → 学校を辞める(編入)

不登校になりましたが、学校に行かない理由を親や先生にはハッキリと言っていませんでした。

自分が学校に行かない理由を話すのがイヤだったんですよね。

 

友だちがいないから学校に行きたくない

勉強についていけないのがしんどい

「でも、そんなことを言ってもどうしようもないんだろうな」

 

そんなことを思っていました。

(その当時は「なんで学校に行かないの?」「なんで学校に来ないの?」という言葉がものすごくしんどかった覚えがあります。

 

それからというもの、ぼくが不登校になったことが原因で家族の関係はどんどん悪化していきました。

母は体調を崩し、毎日泣いていました。

「なんでまさみつは学校に行かないの…」

ある日、母から泣きながら言われた時、「あ、もうムリだな」と思いました。

「友だちがいないから学校がつまらない。勉強についていけないのが辛い。もう、学校に行きたくない」

ぼくも泣きながら親に告げました。

 

そうして、ぼくは最初に入学した進学校を辞めることに。

親のはからいもあって、隣町にあるスクーリング制のある通信制高校に編入することになりました。

⑤:「もう、生きている意味ない」 → 自殺を試みるも怖すぎて断念

通信制高校に編入しましたが、ぼくの精神状態が良くなることはないわけです。

 

週2回のスクーリングで学校に行っても、誰ともしゃべらない。

授業は座って聞き流すだけ。

家に帰ってからは完全に引きこもり。

親ともほとんど口を利かない毎日。

何の感情もない。

生きる目的もない。

空っぽの時間がただ過ぎていく。

 

そんな頃、こんなことを考え始めたのです。

 

今のオレは生きている意味があるのかな。

いや、生きている意味、ないよな。

自殺しよう

 

ドアの角に縄を引っかけて、首に縄をまいて、椅子に立って蹴り出せば終わり。

ってなった時

とんでもない恐怖心が僕を襲ったんですよね。

 

「これでお前は死ぬんだぞ」

「死んだらどうなるかわかってるの?」

「お前の人生、本当に終わるよ」

 

そんな誰かの囁きが聞こえてきて、今までの記憶が頭の中をグルグルと回って・・・、怖すぎて自殺なんてできなかったです。

(そんなことって実際あるんですね)

あれから自殺をしようと思ったことは一度もないです。

怖すぎるのでそんな度胸はありません。

⑥:そこから高校卒業までの記憶はほとんどない

自殺に失敗してからの記憶はほとんどありません。

(なんというか、見たくない記憶に自分がフタをしている感じがします)

 

「生きる意味はないけど、死ぬのはゼッタイにムリだからとりあえず高校を卒業しよう」

という考えで、学校だけはまじめに登校しました。

 

高校卒業後の進路を決めないといけない時期になった時、「高校卒業して働くのは絶対にムリ。っていうかイヤだ。大学に行く」という感じで大学進学を決意。

AO入試を受けなんとか合格しました。

大学進学。行動派になることを決意して、ちょっとだけ生きるのが楽しくなる

「大学に来たからには楽しく生きていきたい。もう高校のときの辛い人生はいやだ。ちょっと変わった自分になるぞ!」

という思いから、行動派になろうと心に誓います。

(いわゆる大学デビューですね)

しかし、ハイパーコミュ障を炸裂。

高校時代、家族ともほとんど会話しない引きこもりだったんで、人との喋り方を忘れてしまったんですよね…。

 

友だち「まさみつは、○○のゲームやってる?」

まさみつ「アッ」

まさみつの脳内(そのゲームやってる。やってるって言いたい。けど、口がうまく動かない…。どうやって喋ればいいんだっけ…ああ、はやく返事をしないと…)

友だち「???」

 

返事をしようと思うけど、口の動かし方を忘れたから返事ができないんですよ(コレはガチ)

「ああ、やっぱりオレに友だち作るのは無理だな…」

と思って諦めかけていたんですが、「もう高校の時みたいな友だちゼロの生活はイヤだ」と思い、コミュニケーションがんばりました。

周りが優しかったのもあって、なんとか友だちもできましたね(数はすくないけど笑)

 

行動派になったぼくは、ちょっと勇気を出して学生団体での活動を始めました。

しかし、ここでもハイパーコミュ障を炸裂。

先輩「まさみつ、これどう思う?」

まさみつ「アッ」

まさみつの脳内(これどうなんかな~。うーん。おれにはわからん。けど返事しないと…。こういう時なんて言えばいいんだっけ。あ~早く返事しないと…。アアアアアアア)

先輩(なんやこいつ)

 

みたいな感じ笑

「あのときのまさみつ、何もしゃべらないから気持ち悪かったよな」

と今でも言われます。

サークルでの活動は最初盛大につまずきましたが、優しい仲間に囲まれたこと・コミュニケーションを取ろうと努力したことで、次第に輪の中に入っていけました。

仲間にも恵まれ、彼女もできて、なんとか4年で卒業して…、どん底だった高校時代から想像できないくらい楽しい大学生活を送ることができました。

ちょっと勇気を出して行動に移してみて本当によかったですね。

OA機器の飛び込み営業職に就く。しかし、まったく売れない…。

卒業後は、商社に就職。

OA機器の飛び込み営業マンとして社会人生活がスタートしました。

しかし、飛び込んで断られるのが辛すぎる。

「飛び込み営業って無理ゲーすぎるだろ…」

最初は飛び込んで断られる毎日にメンタルが崩壊しましたが、「飛び込み営業って断られるのが当たり前だな…」と思うことで、なんとか仕事に慣れていきました。

しかし、まったく売れない。

「断られるのに慣れたけど、まったく売れない…。無理ゲーやろ…」

約9ヶ月間の勤務期間のうち、半分以上が売上ゼロの売れない飛び込み営業マンでした

 

飛び込み営業マン時代の売れなかったエピソード、上司からもらった言葉・アドバイスなどはコチラにまとめています。

ぼくと同じような境遇の「売れない飛び込み営業マン」に読んでほしい記事を書いています。

現在は、DxPでのインターン・アルバイト・ブログ執筆で生きています。

そんな過去がありつつ、現在は大阪で暮らしています。

現在は、認定NPO法人 DxPでのインターン・アルバイト・ブログ執筆で生活しています。

 

今は生きているのがとても楽しいです!

高校生の時、自殺寸前までいったのが嘘のような日々を過ごしています。

あの時自殺しなくて本当によかったですね。

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